大根おろしは 一鉢 15円


インスタ映え ということでもないけれど 朝ごはんを撮って見た

写真に さほど興味のない私は  単純なデジカメで十分なのに たびたび写真を撮る私の姿を目にするらしい 機械好きの夫が 「どうせなら もっといいカメラにしたら」 と 言うことで使うことになった ミラーレス

きちんと設定すれば もっと鮮明な写真が撮れると思うけれど マクロに切り替える以外は いつも基本の設定のままだから 「写心」 と言われるという シャッターを押す者の心が そのまま写るはずもなく

いえ カメラに対して愛情のない私が写すから 私の心のまま それなりの画像になるのかもしれない と思ってみたり

写真 は 写心 と聞いたことがある
心が綺麗な人が写すと 写真も綺麗に撮れる というようなことらしい

なるほど と カメラのノウハウを知らない私は ネットで出会う画像に見入っては 妙に納得したものだったけれど 
まあ その世界での 語呂合わせであって どんなに心が綺麗な人でも 性能の良くないカメラで写せば それなりの画像にしかならないでしょうし どうにも腹黒い人が 完璧な設定でのカメラで写したら 天使の心のように澄んだ写真になるでしょうし ・・・


ハタラキバチさんを送り出して テレビを点け 「半分、青い」 を見ながら 朝ごはん 

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 献立にある 大根おろしは 15円


つつましく 与えられるがまま セレブとは程遠いことに不満もなく 生きてきた
生まれつき庶民だから なのか 生まれつき庶民なのに なのか どっちのせいか分からないけれど 金銭的には 無頓着な傾向にある私

その私が ヨーカードーで買い物をするとき 明日の朝ごはんに 大根おろしを添えたい と思って 野菜売り場へ行き 3種類に仕分けされた 大根売り場の前に立った

このところ 夏野菜のキュウリが いつになく高いけれど 大根は 季節外れの割には さほどでもない

むき出しで積まれた大根は 1本が 150円
いくつかにカットされて ラップに包まれたものが 一個 60円

この季節に 大根は 我が家の献立での需要に乏しいから カットされた方を カゴに入れた

そして食卓に着こうとして 予定通りの大根おろしが目に入ったときに 写真を撮ろう と思ったのは スーパーで いつものように 1本でなく カットされた方の大根を選んだ時のことが思い出されたからだった

これまでの人生で 私がカットされた大根を購入したのは たぶん初めてか あったとしても 記憶にないくらいのこと

なぜなら カットされたものは 1本よりも 割高だから

無頓着のようでも ちゃんと そういうことは把握しつつ 我が家の家計を守って来た
今 二人暮らしになり 夏の大根1本を使いきれず 割高と知りながら カットされた方を選択する私になったんだな

冷蔵庫から取り出した 60円の大根を半分に切り 残りはラップに包んで戻した
皮をむいて すりおろし 二人分に分けたから 60円の半分の半分で 15円の大根おろし

なるほど 考えたこともなかったけれど 大根おろしは 一鉢が15円に値するんだ
こうやって レストランの定食の価格が決まるのだな 

ということで 大根おろしは 一鉢15円ということを知ったことが なんだか愉快で仕方ない麦の 今日のインスタ映え



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真夏の3連休に



今朝も 朝から曇っていると言うのに ムシムシと 息苦しいほど暑い中を ワンの散歩から戻った

暑い~ というよりも 熱い~
予報で 3連休の暑さは厳しい と聞いていたから覚悟はできていたけど 暑くて暑くて~ 熱い~ 3連休だった

出来るだけ クーラーは使わないように頑張る我が家も さすがに このところは 24時間 フル稼働
ここで私が 何をつぶやいても 何の役にも立たないけれど せめて西日本方面は少しでも との思いで ・・・  


ミニバラ グリーンアイス

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地植えにした北向きの玄関が気に入ったらしい四季咲き


数日前の事
ほとんど ラインかメールでの関りしかない息子が   「15日まで泊まらせて」 と 家の電話に依頼して来たのは 珍しいことだった

3泊して 東京での用事を済ませ 16日の早朝に戻って行く息子に  「じゃあね 頑張るのよ ・・・」  と 私

これと言って 何を頑張るのか思い当たるものは何もないけど 身体に気を付けて 車にも気をつけて と 子が いくつになっても 親は親の 親心である

はい はい 分かってるよ 

と いつもなら 私の声を 遮るように聞き流す息子なのだけれど

うん ・・・  ごにょごにょ ・・・ と なにやら 会話らしい返事が戻って来た

何を どのように言ったか 書き記すほどに鮮明じゃなくて なんとなく健康に気を付けないと ・・・ というような意味のことだったような

既に 離れての暮らしが当たり前になったけれど 階上の 今は物置同然となっている部屋から人の気配を感じ 夕食後には 何時に戻るのか分からない息子を 寝ずに待った 3日間
滞在中 ほとんど家にはいなかったにもかかわらず 駅まで 夫に送られて助手席に座る息子の姿を見送るのは ちょっと切ない

自他ともに認める マザコン息子の歴史
その歴史も いよいよ塗り替えられる時が来たかな と思う 熱い夏

親の言うことなど 聞く耳持たずの時こそが 親離れしてない子供の甘えなんだな

そう
いつもなら ほぼ勝手に来ては 勝手に元自分の部屋で寝泊まりした子が 事前に わざわざ 泊まらせてほしい旨 電話連絡してきたことが 既に この家を出て 親離れして生きているという 証だったのだ

帰り際に 「頑張ってね」 と 何気ない私の言葉にも 丁寧に反応することが 親を越え 親を労わる心の表れ

もちろん 自慢できることでは無いけれど 友人たちの 「息子が話しもしてくれない」 と嘆く ママ友らに わりと何でも話してくれる息子からの情報を横流ししては ちょっと自慢のムードがあったものだ

家を出てからは 朝ごはんを食べない習慣が身に付いた息子に 常々 「朝ごはんを食べない人は 我が家には泊めません」 と 咎めようとも 親の言葉など無視していた息子

それが  「せめて果物くらい食べて行きなさい」 と 一口大にカットして テーブルに出しておいた桃が およそ半分ほどになっていたことにも マザコンを卒業した息子に労わられていることを実感して 食べ残されてあった桃を しみじみと味わう母であった





社会についていけないシニア


私だけかもしれないと 思いもするけど 友人らの嘆きを聴くこともあったりして ついて行けないのは私だけではないらしい デジタル社会

傘の紛失は数知れずでも お財布を無くしたことは 一度もない私
しかし  旅行以外の 日常生活で クレジットカードを持ち歩くことは 避けている

それほどに カードとは縁の薄い私でも ポイントカードに対しては意識が低く 駅前のイトーヨーカドーを初め ざっと思い出してみて 少なくとも10枚近い
常に お財布に入っているのは 5枚くらいかな

スーパー独自のものが多いけれど 意外と 利用価値の高いのが Tカード


ムーちゃん

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あんまり暑いので 家風呂に


ハタラキバチさんが飲み会だというので 涼しいときに買い物をしようと 駅前の駐輪場に自転車を預けて 出かけた

用事を済ませて 自転車置き場に戻ると 無料の2時間は とうに過ぎて 清算料金が表示された
いつもなら そこで 料金をお支払いください と命じられるところが 昨日は 料金を投入しようとする前に 「Tカードをお持ちの方は カードを入れてください」 と のたまう

あら いつの間にか Tカードが適用されるようになったのね
Tカードは お財布の中だから どっちみち煩わしいけれど ポイントが付くから 現金よりも Tカードで ・・・ 

既に 薄暗く カードの挿入口が見え難くて苦労したけれど 無事に 「Tカード確認済」 の音声を聞いて カードを抜き取り 停めてある自転車の位置に向かった

しかし 前輪に掛かった金具が 外れてない
何か 操作に ミスがあったのかと思い 再度 ナンバーを打ち込み 機械の言いつけに従って もう一度  「Tカードを確認」 の声を聞いて 自転車を取りに行く

それでも まだ 金具は外れない

無人で管理されている 自転車置き場では 成す術もなく途方に暮れる その間にも 何人かが 滞りなく 機械を操作して 自転車を持ち帰って行く

何で私の自転車だけが 外れないの ? 

・・・・

歩いて帰れなくない距離だけど けっこうな買い物をしたから 持ち帰るには 重たい ・・・

そうこう 思いを巡らすうちに 閃いた

Tカードは プリペイドではなく もちろんクレジットカードでもなく ポイントが付くだけの 単純なカードだと気付くまでに けっこうな労力を費やした シニアの脳

みんな ついて行けない とは言っても こんなのは私だけかな ・・・





いつの間にか 一週間


たしか 玉置宏さんだったと思う 司会者の 「一週間のご無沙汰です」 という  番組の初めの 決まり文句が思い出されている

いつの間にか過ぎていた 私の この一週間を振り返ると 早いようでも 重くて長くもあった一週間

人と人との初対面は 印象深い というのが 一般的のように思うけれど あれから何年?
第一印象とは 180度ほども変わってしまう人との出会いもある という 貴重な経験をした週だった

まさか 「他人を利用する 姑息な麦 そういう人間を嫌いなんです」 と 会ったこともない その人に言い放たれるとは 想像もしない 出会いだったな

斑入りのキキョウ

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訃報もあった

故人は 96歳の大往生とあって 参列者による お別れの場は 不謹慎ながらも賑やかな酒宴

私も 隣り合わせに座った娘と 
つい先日 我が家の前を通り過ぎたにもかかわらず 玄関から出た私に気付き わざわざ後戻りしてきた 小学校低学年の男の子と おしゃべりをした時の話 

私  ・・・   どうしたの ?

男の子 ・・・ いっぱい飾ってあるから

私  ・・・   何が?  お花? お花が好きなの?

男の子 ・・・ お花とか 犬とか 飾ってある


犬とは どうやら 犬を形作った 郵便受けの事を指すようだ

幼い男の子の興味が 郵便受け とは思えず きっと 犬の形に目が行ったに違いないと思い 「犬が好きなの?」 と尋ねると

「うん 柴犬を飼っていたの」 と 過去形

そうか 
この男の子も 私が トトロを失ったときと同じ悲しみを経験したんだな と 犬の話題に持っていったことを悔いたのだったけれど それは 私の 勝手な思い違いだったようで さらに 男の子の話は 続く

前は ★★町に住んでいたから 犬を飼っていたの
ここに越してきて ここは犬が飼えないから 
今は パパが ★★町で 柴犬を飼っているの

そうか
男の子が話してくれた この3つの条件で この男の子の家庭の事情が 読み取れた

このような 下校中の男の子と私との出来事を 話したところ

「今 それが問題なのよ」 と 娘

問題とは なんの不安もなく口にする子供の話で 個人情報が他人に漏れることかと思ったら そうではなくて

「親子の会話が少な過ぎるの!  親は もっと子供と会話しなければいけないのよ!」 

私の目からは おっとりとした母親のイメージの娘の 珍しい熱弁である


今 家庭での会話が なさすぎるの
子供は もっともっと会話がしたいのよ

それが 今 問題になっているの 


ほとんど毎年のように PTAの役員を務める娘の情報によれば 
そいういうことで 学校帰りの小学生と オバアチャンの年齢の私との会話が 成立したらしい

私には たまたま出会った私に話しかけてくる男の子は 人懐こくて 可愛くて いい子だな という印象だったのだけれど
娘の家では 家庭内での会話が不足することはないらしく 我が家の孫が外で見知らぬ人に話しかけることもないので 他人様に 「かわいい子」 と思われることもないから それはそれでまた問題なんだけどね と 娘の談

長く生きてきて いろんな経験もしてきて あとは余生を のんびり と 生きるだけの 60代

そんな私も 「姑息」 「嫌い」 と 直々に 放たれたのは たぶん 初めて
どんな事情かは分からないけど お父さんと離れて暮らしているらしい 男の子のこと
仕事を持つ母親が増えて 小さい子供たちが会話を求めている という 思いもよらない問題を抱えた 社会

友宅の庭で採れた野菜たち

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キュウリの酢の物  白いゴーヤのチャンプルー いんげんの天ぷら 
三つ葉のおひたし 揚げナスの酢醤油 海老に敷いた青紫蘇



植え替えた甲斐あってのキキョウの花数や 庭で採れた夏野菜で暑気払いしましょ! の集合もあったりして  苦々しいばかりではなかったけれど 矢の如し一週間での 「姑息な麦を嫌い」 という 何のことやら不可解な衝撃を 未だに引きずる長い一週間でもあった





日本語を話す 二胡


久しぶりに 日曜日の朝のお楽しみ ジャーさんの ≪ふれあい紀行≫ を見た

その言葉が表す意味は <自主的に行う善意>  とある ボランティア と言うには おこがましいけれど 一応は そんなようなことで このところ日曜日の早朝に家を出ることが続いたのだ

今日は のんびりと起き おもむろに 朝食がセットされている食卓に着き ・・・ とまあ なんとも至福の心持ちで 今週は 酒造りの匠を訪ねるジャーさんの番組に チャンネルを合わせた

休日の食事係を担当するハタラキバチさんが 食材の買い物に行ったスーパーで 1円を笑わなかったから1円に泣かなかった  という話 や

梅雨明けが下された キラキラの空を見上げたら 太陽の周りにあった 虹を見たときのこと とか


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強風に倒れて 地面と水平になった キキョウの茎の先が 垂直に伸びて 先端に花を咲かせた姿を見つけた時の感動 などなど

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書きたいことは いろいろ あるけれど 

ジャーさんの指から 奏で出ずる音色を耳にしては 何をさておいても 書かずにはいられない 今朝のこと

酒造りの匠を訪ねたテーマに沿って 曲名が 小林幸子さんの 「おもいで酒」 と紹介された瞬間
個人的には 申し訳ないけど 二胡で聞く曲としては 気落ちしてしまった
というのも たぶん 来週は 日曜日の朝から家を出る可能性が高いから 今日の この時間は とても楽しみに待っていた という私の期待が 大き過ぎたせいも あると思う 

しかし

ジャーさん

さすが 私のジャーさんは 私の期待を 裏切らなかった

イントロから 何秒間くらいだったか
個人的な好みのせいではあるけれど やっぱり 二胡で聞きたい曲ではないなぁ ・・・ と 沈みがちな 面持ちというか

そんな心境で テレビ画面に視線を向けていた私の耳に 入って来たのは

あ の ひ と ~ ど ~ し て~ い る か し らぁ ~

日本語だ !

二胡の音色ではなく 
いや 二胡の音色には違いない 二胡の弦と弓とで表した 日本語 だ

すごい
二胡が 日本語を 喋っている


最近になって
<幸せなら手を叩こう> の譜面を渡されることがあり どうも 二胡で弾きたい曲ではないし 二胡で聞きたい曲でもない と 憂いを含んだ幸せを手で叩くという メロディーを 練習するということがあったけれど

二胡が生み出す音色は オールマイティー なんだ!

まぁ
私の脳に <おもいで酒> の  ~あのひと どうして いるかしら ~ が インプットされているということが 前提であり
ジャーさんだからこそ 二胡に 日本語をしゃべらせることができる ということではあるけれど ね

私も いつの日か
幸せを表す手の音を 二胡で奏でることが できるようになるかなぁ ・・・






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