るりとうわた色の空に

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99の歴史問題 Part.2


盲導犬のニュースは 犬を飼う者 いえ おそらく犬を飼った事のないかたにも どんなにか悲しいできごとだったことでしょう

犯人の心のハンディは 生きていくのに手助けを要する どんなハンディよりも不便で お気の毒で 可愛そうな人だと思います

私も 犬が我が家にいるだけで どれほど助けられたかを振り返っては 怒りを抑えられずにいます

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斑入りの桔梗
切り戻して二度目の開花
春に蒔いた種からの苗も順調に生育中です 
 

ただいま 歴女界への入門テスト中なり

ネットという有能な軍師を携え全勝のはずが 敵もさるものマニアックな問いで攻められ 早いうちに躓いたあとは気楽に構え 8割ほどの正解率に満足しています

問題二十四までは → http://maririn620.blog.fc2.com/blog-entry-34.html#comment124 
有能な歴女を軍師に迎えたい心境で 次の戦いに挑む なんちゃって歴女の麦です 

★問題二十五
 信玄からは「家康に過ぎたるもの」と称され、信長からも「花実兼備の武士」と言われ、秀吉からは「日本第一、古今独歩の勇士」と褒め称えられた、家康配下の武将は誰でしょうか?

回答  ・本多 忠勝

★問題二十六
徳川家康が今川家の人質だった頃からお共をしていた古参の家臣。徳川家の独立直後から 「西三河衆」 を率いて徳川家のために戦っている。また織田家との交渉を進め、「清洲同盟」 と呼ばれる織田・徳川家の同盟を成立させ、さらに今川家の人質となっていた家康の妻 「築山殿」と長男「徳川信康」を奪還するために単身今川家の居城「駿府城」に乗り込み交渉の末、取り戻す事に成功する。これらの功績で、徳川家の中でも重要な家老となる。しかし豊臣秀吉と家康が戦った「小牧・長久手の戦い」の後、突然一族を率いて秀吉側に寝返った。この武将とは誰でしょう。

回答  ・石川数正

★問題二十七
 関ヶ原で西軍に組し、最後は敵中突破をはかり無事本国に帰還した武将とは誰か? この偉業?は後世なんと名付けられ呼ばれましたか?

回答  ・島津義弘 
     ・島津の退き口
 
★問題二十八
 1556年1月近江国犬上郡で生まれる、幼名は与吉。1569年13歳で北近江の農民一揆鎮圧に参戦し手柄をたてて浅井長政から備前兼光一刀をいただく。1570年姉川の合戦で織田勢の首数をとり浅井長政から感状を受ける。1573年17歳で小谷城が陥落し浅井氏が滅ぶと旧家臣の家来となる。1576年近江国を出て織田信澄の家臣となる。丹波攻めに参戦し手柄を立てるが80石の手柄だと評価されて出奔する。放浪生活中に三河国吉田屋で無銭飲食をして諭される。その後、豊臣秀長に仕えてから出世の道が開けた。秀長に召し抱えられることが決まったとき、鮒ずしを酒の肴にして話していた。そのためか、後日、家の祝い膳には、近江名物の鮒ずしを出すしきたりになっていたという。そしてついに大名にまで出世をし、参勤交代の途中で三河国吉田屋に立ち寄り大昔の無銭飲食の代金を支払った。この大名の旗指物は白の「三つ餅」で「城持ち」の語呂合わせだと言われている。さて、何度も主君を変えた戦国武将として知られ、また築城技術に長け、宇和島城・今治城・篠山城・津城・伊賀上野城・膳所城などを築城した。さてこの武将とは誰だろう?

回答  ・藤堂 高虎

★問題二十九
近江国伊香郡の人。豊臣秀吉家臣。秀吉没後は、豊臣秀頼の後見役を務めたが、このころから徳川家康への対応に苦慮することとなる。1600年「関ヶ原の役」のちも茨木城を領する。1608年、秀頼の命により和泉狭山池を大改修し、耕地の灌漑に大きく貢献する。1614年「方広寺鐘銘事件」によって豊臣・徳川家の対立は不可避なものとなると運命は暗転した。淀君・大野治長らからは疑惑を受け、大坂から退城し、茨木へ蟄居した。さてこの武将は誰でしょう?

回答  ・片桐且元 

★問題三十
近江国の人。浅井家の小谷城で生まれる。通称小兵衛。官途は若狭守。
足利義昭と織田信長の対立では、父が足利義昭方だったため織田信長により父は蟄居させられ、家督を相続した。1573年「槙島城の戦い」に従軍した。1581年、丹羽長秀の寄騎衆として「伊賀攻め」に参加し名張郡を平定。1582年「本能寺の変」では、明智光秀に加担、長浜城を攻撃したが「山崎の戦い」で明智光秀勢が敗れると、若狭国へ落延びた。その後、妹を羽柴秀吉に差し出して許された。1590年、小田原征伐の功により近江八幡山城二万八千石となり1600年「関ヶ原の役」では最初西軍について「北陸征討」に従うも、東軍に転じて大津城へ籠城、立花統虎(宗茂)らの猛攻を受けてついに剃髪して開城した。関ヶ原本戦で東軍が勝利したため大津籠城の功により若狭小浜城に八万五千石を与えられた。さてこの武将は誰でしょう、またつけられたあだ名はなんというでしょう。

回答  ・京極高次 ・・・ 正室は初ですよね?
                初の名前を出さなかったのは師匠の意地の悪さ? ( ´艸`)
     ・ホタル大名

★問題三十一
近江国の人。官途は左近衛少将。通称忠三郎。洗礼名「レオン」。
正室は織田信長の娘(冬姫)。織田信長の枝連衆として厚く遇された。1568年、北畠具教との戦いで初陣を飾り、兜頸を挙げる戦功を挙げた。その後も織田信長の戦いに参陣して、父と共に数々の戦功を挙げた。1582年、織田信長が「本能寺の変」で討死すると、父と共に日野城に織田信長の妻子を保護して籠城、明智光秀に対抗した。明智光秀勢の明智光春、武田元明、京極高次らに、長浜城、佐和山城、安土城の各城を攻略されたが、日野城を攻略中に明智光秀が「山崎の戦い」で討死した為、攻略勢は敗退した。その後、羽柴秀吉に属して功績をあげ、伊勢国松ヶ島城十二万石を領した。1588年、伊勢飯高郡に松坂城を築城、城下街を整備した。1590年、伊勢国松坂城から、会津若松城九十二万石に転封になった。会津若松城下に日野、松阪の商人を呼び寄せ、定期市の開設、楽市楽座の導入、手工業の奨励等により、会津若松発展の基礎を築いた。1591年「大崎、葛西一揆」「九戸政実の乱」を鎮圧した。1592年「文禄の役」では、肥前名護屋に参陣した。1595年、伏見城下の屋敷で病没した。さてこの武将は誰でしょう?

回答   ・蒲生氏郷

さて 採点のほどは?


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このところ斑が美しく現れるようになった渓流を愛でて

おつかれさん!
 







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遠目なら少女 

カレンダー通りに 秋の日和りです

また来週から夏日が戻ってくるとの予報も 暑さの峠は越えたと思うと さほど気になりません
涼しいよりも肌寒さを感じて 久しぶりのスキニーと七分袖のシャツに 猛暑日は素肌で纏っていたワンピースをチェニック風に重ね着して スーパーへお買い物
日が暮れるのを待たずに出かけるのも 久しぶりです

スーパーの前で 道路の向こうに知人の姿があり こちらに向かって何か叫んでいて 二度ほど聞き返したら   

「 少女みたい ! 」 

確かに 綿レースのワンピースは少女趣味を自覚し スキニー姿は若く見えがちなので 好んで着用しています

知人の言葉に気を良くしたけれど 少女 とは ほど遠く ・・・

ちなみに スキニーの直訳は 【やせこけた】
やせこけた とも ほど遠く 夏痩せ とも縁がない最近の私

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学校が夏休み中のスーパーは 以外にも 涼しさに誘われたのか高齢の男女で賑わっていました

長寿で名高い家康が73歳 62歳の秀吉でも長生きの時代は遠く また私のオバアチャンが70歳のころ こんな風に主婦の様相で 夕食の買い物をすることがあったかなぁ と思いを巡らすと ほとんど家の中で一日を過ごしていた姿しか思い出せません

いつか私も高齢化社会の問題児となる日は 名実共に少女のような健康体でありたいもの 


一人昼ご飯
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スーパーで思いつき コロッケを一個 調達
コロッケサンドにしようと 楽しみに帰って来ました
いざ パンに挟んで一口 食べたところが なんとカレー味
売り場にカレーって文字はなかったのに ・・・
私にカレー味は邪道 ・・・ 


結局 コロッケを外し キャベツとサラダ菜サンドの 地味な お昼ご飯でした
70歳を越えても 名実共に少女を目指すオバサン 赤いパッケージで話題のヨーグルトも忘れません

オキナワスズメウリが色付き始めました
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秋が深まり葉が落ちても 赤い実は茎に残り クリスマスまで楽しめますが
黄色い花に 赤い実と青い実が揃う今が旬です






平凡

クーラー 無し
適度な風量
午後 一時雨 
8月26日にしては 珍しく快適な一日でした

毎年 私の夏の朝の 恒例となっている作業
箒の柄を高く上げて オリーブの木の枝を トントンと軽く叩きます

ポトポトと落ちてくるカナブン 
今日は6匹
よくぞ こんなに生まれるものだと不思議なほど 毎日 多いときは10匹を越える事もあり 2~3匹の事もある この作業は 9月まで もう少し続きます

新幹線型の青虫と違って 見た目も 触覚も不快ではないので これが少数だとか 悪ささえしなければ 我が家の木々で宿っても構わないのだけど

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落ちた衝撃で脳震盪を起こしたのか そのまま動かない子もいれば 
脱走しようとする子は 箒の先で叩くのだけれど 叩き具合が難しく 強すぎると無残な姿に ・・・
最後に落ち葉と一緒に履き集めます

こんな私の仕業に気付いた お隣さんが 

可愛そうに ・・・
私は 道路の向こうに放すの ・・・ と 優しい

そんなことしたら また 明日 ここに戻ってくるじゃない ・・・ と 私  


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ときには こんな珍客もあり 
私のカメラと腕にしては 良く撮れています


日本各地で 大雨 

一週間になる 広島県の避難所の様子がテレビに写りました

女性のために備えられた 使いきり包装の乳液や化粧水が並んだケースが見えて 胸が詰まりました
普段は気付かなかったけれど 日々 取るに足らなくても省略するわけにはいかない小さなことが こんなところにもあったとは 

クーラーも ヒーターも不要な一日が どんなにありがたいことだったか







お料理画像は 他力本願 

陽が落ちてもムンムンした空気のまま 夜を迎えた猛暑の夏も 一段落かな

昨日は一日中 クーラーなし
今朝も 風はないのに 扇風機すら回っていません

アサガオが真夏の朝に咲く訳は その清々しさから やがて真っ赤な太陽に立ち向かう人々がエネルギーを蓄えるための 朝のひととき
いつもの夏とは 少し違った今年の気象はアサガオの開花にも影響したのでしょうか ほとんどブル-の一色だった渓流も やっと本来の美しい斑入りが咲き始めました

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この花姿に 「 今日も がんばって! 」 のエールを受けて 炎暑の一日が始まります
 

 
春から咲き続けた花の種取りに忙しい昨今 食欲減退の食事は手抜き気味のとき 暑気払いのお誘い ム-ちゃんも一緒にどうぞ のお言葉に甘えさせて頂きました

花壇を埋めるのに苦労するダレカへ 「花の苗なら任せて」  ください ですが ・・・


心配な生ものは避けた 手作りの軍艦巻き

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アイデアが詰まった具


先日の 身内で集合した 小さなパーティーにて ジャンボな丸いフランスパンは

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上面をスライスした薄い蓋を開けると テトリス状のミニサンドイッチ

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アイデアだけでなく サンドイッチには珍しい挟んだ具材が海老だったり
それは美味しいはずです
事前にオーダーしておく 表参道の某有名パン屋さん謹製だそうな


 





我が町自慢

買い物はスーパーで間に合う我が家ですが あるとき某デパートの本店である日本橋店に行ったことがあります

どこでも良かったのですが たぶん駐車場の関係で たまたま銀座店でなく日本橋だったと思います
そして 何だったかは忘れたけれど 品物を物色している私に近づいて来られた店員さんが 「銀座店とは お客様のソウが違いますから ・・・ 」 とおっしゃったのでした

その時 どっちにするか迷っていた私に 高級な方を選択させるための営業トークだったのでしょうか
お客様のソウとは 田園調布とか 白金台にお住まいのお客様を指すと 東京の端っこに暮らす私も知ることが出来ました

そうか 東京の外れから赴くなら デパートの支店の選択も考慮しないと とは なんとも生きにくい世界だと 住所の頭に 首都・東京の名が付くにしても 子供のころから都会でも高級でもない田舎で生きてきた私の 住まいに関する劣等感

そんな劣等感など なんのその まだ太陽も昇らない今朝のこと カメラを手に自転車を走らせました

週に1~2度 食料品を求めるスーパーの手前の せせらぎです

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あのとき ざっと20人は越えていたでしょう人だかりに釣られ 自転車を停めて見下ろした水面に 他所では見かけたことのある 愛らしい数匹のヒナと親鳥 
夕食の支度が気になったこともあり 何かの事情で誰かが意図的に放した鳥の親子の光景かと その場を離れたのは 今年の春の事でした

その後 人だかりもなく鳥の親子の姿に出会うこともなくて やっぱり何かの催しで一時的に放されたのでしょうと やがて そこを通っても鳥の事は忘れてしまっていました

ここ連日の暑さに 昨日は日暮れを待ってスーパーへ出向いたところが 橋の手摺りにもたれて水面を覗き込むオバアチャンの視線の先で 数匹の水鳥が泳ぎ回っています
伺うところによると あの日 私が見たときの春から ここに住み着いているとのこと
ふと気付くと 対岸にも集う数人の高齢者グループが オバアチャンと私の会話に気付いたようで 流れを挟んだ向こうから 口々に

「 これは すごいことよ 」
「 子供達にも見せてあげなさい 」
「 昼間は暑いから 日陰にいたのでしょう 」 などなど 
 
常連さんらしいオジイチャン オバアチャンが こちらに向かって思い思いのウンチクを張り上げています
それらは まるでヒナを自分が育てたかのような自慢と 毎日 この光景が見られる町の自慢とが詰まっているように川面を響き渡っていました

春から この小さなせせらぎで この町の人々に見守られながら こんなに大きく育ったのですね
さらに陽が落ちた夕暮れの中 買い物を済ませ 「 明日の朝 一番に カメラを持って来ますね 」 と 鳥たちに約束して帰ったのでした

自転車で3分 歩けば10分足らず 私の住む町には水鳥の親子が棲みついた せせらぎ があります





ジャックされたブログ記事のタイトルは 「99の歴史問題」

ハタラキバチさんの出勤は 勤務の半分近くが早朝

まだ星が瞬く冬は 送り出した後で二度寝することもあるけれど 
夏でも 犬の散歩やウォーキングのシニアがチラホラの まだ一般家庭は寝静まっている時間帯は ネットサーフィンという遊びを覚えて久しい

単語の検索から 思いもよらず興味深いブログに行き着くと いつの間にかNHK朝の連ドラが始まる時刻 ということもあったり 
それぞれに発せられる内容は 多種多様

私が言うのも大汗だけど 個人的な考えに捉われて問題提起をしたブログは好きではない

日常の風景から 著者の心が垣間見られて頷いてしまうブログ
著者が写したリアルな花とか自然が見られるブログ 

が 好きかな

 「お久しぶりです」 「ご心配おかけしました」 というのは 論外

誰に 心配かけたのでしょう?
誰と 久しぶりなのでしょう?
私 初めてお邪魔したんですけど  の疎外感 ・・・ 

もちろん世界を網羅するネットなんですから 苦情は筋違いですけど 

不特定多数に向けての発信に 限定された相手へ向けた言葉は 広い意味でとらえたらマナーとしてどうなの ?
ネットジャック ていうかぁ~
何ミクロンほどの小さな小さな意味で ネットの私物化 ・・・ と私には思える

ブログは自分ものだから 自分が好きなように綴るのが基本だと思うけれど 大公開を選択するのなら 初めて訪ねた私をも 誰とも隔たりないよう快く歓迎していただける雰囲気が好きってことかな


「ご心配おかけしました」 とか 「お久しぶりです」 とかの特定な挨拶は コメントで個人的に交わすことだと思うけど 閲覧者へ向けるブログに限って コメント欄を閉じている事が多いのも不可解 ・・・

だからと言って それに異論は まったくの皆無ですヨン


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第2弾のエッグボールが咲き始めました  色が魅力の青同様に微妙なクリトリアの赤


こちら 千客万来の手ぬるさか ?

ハイジャック シージャック バスジャック は聞いたことがありますが
このたびは どなたも初めて耳にするであろう ブログジャックされちゃいました 

千客万来 でっせ!

まずは えんてつさん 歓迎光臨 ! 




心頭滅却 は 信長の焼き討ちから生まれた 

今朝は カレンダーどおりの 秋を思わされながら目覚めたのも束の間 お昼前から既に
30℃手前を指す 寒暖計を目にしてすら 体感温度が上がり

で PC前に座って 好き勝手な事を呟かせていただくだけで 体感温度が多少なりとも下がり

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ワンコも 昨日は窓からの風に 
先代のワンが好きだったのと同じ場所で気持ち良さそうに寝ていましたが 
今日はクーラー無しでは無理のよう

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新しいワンちゃんおめでとう と 
お隣さんから夏用の洋服をプレゼントして頂きました 
どう? ムーちゃん


たとえば暑いというだけで 不快感が表に出たり 大したことでもないのに ありがとうと言われて気分が良くなったりは よくあること

昨日 スーパーに買い物に行きましたところの話です
駅前まで行かなくても 近辺で間に合うのは有り難く 団塊の世代が定年を迎えた今 ここら周辺でのスーパーに男性がカゴを手に買い物する姿は珍しくありません

ちょうど 夕食準備前の時間帯ということもあり レジを済ませたところで お隣は まさにリタイヤしたらしい紳士
狭い台で 気の利かない私のことだから 他人の迷惑にも気付かずトートバッグに買い込んだ食料品を詰めたわけですが 全て詰め替えが済んだとたん カラになったカゴが ズズっと私の正面に滑り込んできました

そうか 紳士さん 狭いところで 悠々と袋詰めする私の事を疎ましく思いながら ご自分の作業を進めていたらしい

「 あっ ! すみません 」  と お声をかけたのだけど 無言
そのあと お互いにスーパーを出たところで鉢合わせたので 軽く頭を下げたのだけれど 無言
そしてまた あちら様も自転車だったようで 自転車置き場から出たところで 視線の先に紳士のお姿が

そういう 間のワルサってけっこうあるんですね

まぁ さりげなく頭を下げて擦れ違おう ・・・ と思いながら 相手の姿から目を外したのち 視線を戻したところが クルリと方向転換して自転車を漕ぐ紳士の後姿

まぁ 暑いから 
普段はなんでもない事に イラッとしたのでしょう

私と擦れ違うのすら 不快だったかな

私 気は利かないけど そんなに悪い人ではないですよ

人間 見かけよりも中味です

見かけも そう悪くはないと思うけど
「 あなたの場合は その中味が 一番悪い!」 と ご主人に言われた って 高嶋 ちさ子さんは笑いながら 怒ってました
「徹子の部屋」 で ゲストの高嶋 ちさ子さんのトークです

心頭滅却

怒るよりも 笑っていられたら いいね

テレビは やっぱり面白い

今夜は 姫たちの戦国 <江> 第12話 13話 の放映があります  





私の寿命は 99


今さら言うまでもなく 電車内で意識して観察すると 手にしたスマホの画面に目を遣る乗客の多いこと

我が家で携帯電話を取り入れたのは 大学生だった娘が一人暮らしを強いられた折りの 比較的早い時期でしたが 
その娘の子供でさえGPS機能重視でランドセルに忍ばせるほどに普及した今では むしろ携帯電話を持たない人を探す方が難しくなりました
それは 何処の家にもテレビがあって当たり前だった昭和の後半のころ テレビのない家が新鮮に思えたのと重なり いかなる理由かはさておき この時代に携帯電話を持たない方々へ敬意を表する次第

二人住まいで複数のテレビあり 家族の数だけ携帯電話ありでは 新鮮でも敬意を表するでもない我が家にも 何十年前になるでしょうか テレビのない時期がありました
その頃のブラウン管テレビが壊れたのを機会に 「テレビのない家」 は理知的なイメージを抱いていた私の主張で テレビを買わない事にしたのです
しかしながら 理知的も何も 会社からテレビのない家に戻ってビール片手の一方で手持ちぶたさの夫の不満だったか アニメが見られない娘の不満だったかで 私が憧れたテレビのない家の夢は ほどなくして消え去ったのでした 

今でもどこかに テレビを見ない世界を理知的に思える私がいたりしますが 予約機能を内蔵したテレビを 存分に活用している今の私に テレビのない生活は考えられません
テレビから知り得ることも多く テレビなんて見ないんだろうなと思える知的な女性が 実はニュースから ドラマやスポーツ観戦までにテレビ三昧と知ってホッとしたり むしろテレビを見ない事のほうが世間の常識から外れるように思えたりの昨今

サンパラソル
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今年になって二度目の開花


PC前にて 誰が見るでもなく点いていたテレビから  「 あなたの寿命を計算しましょう 電卓を準備してください ・・・ 」 の声に誘われ 急いで電卓を手に 問われるまま回答の数字を入力していったところ 最後に電卓に表示された 99 が私の寿命だそうな

例えばにしろ 今のライフスタイルから探り得た 99歳という寿命の保障は頼もしく 「テレビは見ない」 という広言が理知的に聞こえるのも時代錯誤
  
そのうちに 携帯電話を持たない主義も新鮮ではなくなる時代がやって来そうな気もするし 
語学力 茶道など 幅広く秀でた才能をお持ちの 我が尊敬する師はPC操作が苦手で やっとメールが打てるようになったものの ブログを作る私を  「 すごいわね 」  と称えてくださることもあったりで 文明の機器の行く先は なにが魅力の最先端か 破れてトレンディ-なるジーンズのようなものかな




言いたくて言いたくての 庶民 

私のツブヤキが 誰かの目に触れたら嬉しいし 何か感じてくれたら嬉しい

コメント欄は なくてもいいけど 閉じる理由もないから開けている

それって ただの自己顕示欲 とか ?

って言われるかもしれないけど ・・・

そんなツモリでもないんですけどね ・・・ 

普通の主婦に ネット遊びの習慣がない時代には 日記帳にペンで書き綴っていたことを
そこに山があるから登る のと同じで
ここにPCがあるから ネットの波に載せて公開するってわけ

で 何かって言うと

「 今日ね フカヒレを食べたの 」 って

言いたくて言いたくて 

庶民だから

ふふっ!


2年ぶりくらいでしょうか 
突然 メールが来て 「 東京に行くんだけど 13日 空いてる? 」 と いつも こんな感じのKさん
銀座三越の ライオンの前で待ち合わせしました

お互いに約束より15分ほど早く着いて 
いつだったかカメラの修理で銀座の取り扱い店へ行ったときに たまたま通りかかり ランチタイムの列が気になったけれど 一人では入れなかった中華料理店へ付き合っていただきました

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リーズナブルなわけは ? 
曲がったキュウリと同じで 形は違うけれど お味は変わらない ?

う~ん ・・・
曲がったキュウリの真ん中へんの細い部分は少し苦味があるように 
いつだったか食べた 丸い姿をしたフカヒレの食感とは違う ・・・

どの味が ほんものなのか どんな味なら高級なのか ・・・ 
私には解らないけど ・・・・・・

そんなことよりも ただただ 今日 私は高級食材のフカヒレを食べました ってこと

2年ぶりのKさんに会えたことよりも 
会ったとたん 「 あれ? そんなに痩せてたっけ? 」  って言われたこと事よりも

私は 今日 フカヒレの姿もどきを食べました って事が嬉しい 庶民





桃は ふくしま産 


立秋とは名ばかりで と この季節に相応しい枕詞で始まる呟き

嵐の後の静けさと言えるまでではないにしても 一昨日の雨と 進路から外れている割には何度か窓を開けて外を確認した昨夜の強風も遠のき 8月らしい太陽が輝いています

お盆が近づき ご近所さんは 実家へ お墓参りやら お孫さんとのお出かけでしょうか お土産が届きました
道の駅の瑞々しい野菜に 価格のシールが貼ったままと言うのが 新鮮な野菜にも増してご近所さんの親しみ易さを感じて嬉しいものです

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今年は偶然にも 各地の桃が手元に届く機会があり 福島県産 長野県産 和歌山県産を味わいました
種類の違いということもあるのでしょうけれど やはり福島県産が最も甘くて美味しいを実感し 中学1年のときの社会科の夏休み自由研究が思い出されました

模造紙に日本地図を描き 各地の農産物を絵にして記すもので 鳥取県の梨 青森県のリンゴ そして福島県の桃は 今も学習の成果とし記憶されています

この頃は 長野県のリンゴや 梨は千葉県産も名高くなりましたが 桃は今もって やっぱり福島県に限ります

毎年 友人より ご親戚が手がけられた桃を頂くのが恒例となっていますが あの年から  『 市場にも出している桃だから安心してね 』  という言葉が添えられるようになりました

こんなに美味しい桃を 誰もが何の躊躇いもなく美味しく食べられる日本が帰って来て欲しい

ご両親の実家が福島県ということで 現地に住まう ご親戚の中には 老後という年齢になって別のところを安住の地とする決心をし いま住まいに関わる手続きが進行中 と話す友人の気持ちはいかばかりか 私には計り知れません







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