クレームから始まる 四万十の旅

 
旅の計画を事前に口走ると企画倒れになる というジンクスに乗ってやって来た台風は 一方で控えた晴れ女の偉業で西に逸れて 四万十の旅は つつがなく

と言いたいところ だけど

旅行社が募った旅のタイトルには 四国20景巡りとあり その内には しっかり 「四万十川」 の文字があったのに 現地に着いて まず配布されたオプションの案内は 何で ?
あの手この手 商売の事情はあるでしょうから パンフにうたってない部分は良しとしても 四万十川の旅なのに 四万十川遊覧が オプションって言うのは ?

ツアーに慣れている同行の友は 「ツアーは こんなものよ」 と スムーズに受け入れていたけれど 日常から拘りが多い上に 旅は ほとんど個人行動の私は スタートから ブーイング

習慣には従うしかなく 翌日の遊覧船で四万十川を巡るにあたり そこで さらに世間知らずの甘さを知ることになる私でありました 

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徳島阿波踊り空港から バス内で おおよそのオプションを申し込み 瀬戸内の海を右手に 最初の訪問地 金刀比羅へ

本宮まで785段と言われるも 実際は786段あり 786がナヤムと読めることから 途中に1段の下る段があるのは 悩む(786) を無くすためだそうな


大門の楼上に揚げられた額に書かれてある <琴平山> は 有栖川宮熾仁親王殿下の手によるもの
ん! 有栖川宮熾仁親王と聞いて 「もしや?」 と閃いた 相関図専門の なんちゃって歴女

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帰宅後 ウィキペディアに飛んだところ やはり 徳川14代家茂に嫁いだ皇女和宮の 元婚約者と判明


本宮からの眺望は 5年ほど前の一人旅で眺めたときと変わらず

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貸し杖は ほぼ全員が利用

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金比羅山に限らず 神社仏閣の参拝は 参道に並ぶオミヤゲ屋さんを覗きながらも楽しみの内
なのに 下りは 旅行社の気遣いで階段のない道の選択に疑問
同行の友は 感想を求められたアンケート用紙に この点を指摘したらしい

夕食は バイキングの80品目に大満足
ただ 
この旅の期間中に誕生日を迎える友に サプライズのバースディーケーキを予約しておいたのだが
チェックインの際に <プレゼント券> なるものを 彼女の前で手渡され またもやブーイング

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鯛の解体ショーもあったけど 
マグロとは言わない せめてブリで お願いしたい


旅の二日目

まずは車窓より

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銭湯を こよなく愛した夏目漱石の 坊ちゃん湯には 早朝から お風呂好きが列を作ることもあるという


伊予絣の製造工場

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1870年当時 女性は小学4年生終了後から 絣を織り始め 朝は5時から夜の11時まで機を織った

バスでの移動が続いて 内子へ

白壁土蔵の街並みを歩く 

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観光地で暮らすことの自負でしょうか
それぞれが個性的で 見られることを意識した住まいのレイアウトに 工夫のあとが感じられます

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投げ入れの生け花には オトコエシが贅沢に使われていました

秋の風景 

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ここで 一句
青空に 柿とコスモス ススキかな  ~ ♪  季語づくし


いよいよ バスは愛媛県から 高知県へ 

最後の清流と称される 四万十川
なぜ 最後なのかと言えば 流れる水の透明度がナンバーワンだから と思いがちですが  そうではなくて
どこにも手を加えられてない 日本で最後の自然の川だからです と ガイドさん

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四万十は 土佐の小京都と言われるがごとく 静かな佇まいを誇っていました

お客様 みんな 普段の行いが良かったようで 
昨日は台風の影響で増水し 船が出せなかったとのこと

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要所要所に 地名の付いた沈下橋

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なるほど 水面が高くて 昨日は 船が橋桁の下を潜れなかったってわけね

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台風による雨が影響していなければ エメラルド色のはずだった 川面
私の夢は ここで壊れた

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いえ 壊れたのではなく ここで私は再び 己の世間知らずを知ることになった
テレビで見た 透明ガラスの下にあるような四万十の川底は 四国の四万十川に行けば見られると思っていた
しかし 旅行社の四万十川遊覧とは 透明の川底を見せるのが目的ではないことに 初めて気付いたのであ~る

ということで さらなる夢の続き
いつか きっと 日本一の透明度を誇る 四万十の川底を見に行こう

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次の訪問地 竜串の海岸へ移動中に 雨

到着した時は小降りになり 傘を開くほどもなく

波と風によって浸食した奇岩群

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奇妙ではあるけれど 和歌山県 串本の橋杭岩の面白さには適わないかも

本日 最後の訪問地 足摺岬へ

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四国で最南端の足摺岬灯台

今夜のホテル
パンフで紹介されていた夕食は 伊勢海老付き
ここで添乗員さん曰く 「今夜の伊勢海老は 伊勢で獲れたのではありません」
その意味は お風呂のあと夕食の膳に着いて判明
海老は どこ? どこ?
高知の海で獲れる伊勢海老は 手の平に乗ります


旅の最終日

見逃しそうな 昨晩の伊勢海老に準じて 朝食もデジカメを必要とせず

桂浜へ向かう車窓より 

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バスから降りて正面から対面したかった 長曾我部元親さん

竜馬さんとは 20年ぶりの再会 

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個人旅行だった20年前は やはり今ごろだったらしく 
隣に組んであった櫓に意味があるとは知らずに昇って 竜馬と対面したのでしたが 
竜馬の誕生日に近い この時期にだけ 像と同じ高さに櫓が組まれ 
竜馬と同じに アメリカの方向を眺めることが出来るのだそうで 
11月15日の誕生日が過ぎると 櫓は解体されるのだそう

もしも 私が藤村だったら 
「四国の名所は全て山の中にある」 と言ったに違いないと思うくらい 移動するに いくつもの山を越えた

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バスは 高知県から徳島県へと

日本三大奇橋の一つ 祖谷川にかかる かずら橋

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人が通る橋にしては珍しく有料なのは 植物のカズラの蔓で作られているための経費

かずら橋から 数分ほどのところの 琵琶の滝

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名残り惜しく この旅で最後の訪問地 大歩危小歩危に向かうころ 

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友曰く 「四国って海のイメージだったけれど 山が多いのね」 と  やはり 私と同じく 藤村の心境だったらしい

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大歩危

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小歩危は 車窓より

徳島空港は 阿波踊り空港で 高知空港が竜馬空港なら 
高松は うどん空港かな と思いきや 

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夕焼けに見送られて うどん でもなく さぬき でもなく ただの高松空港へと バスは走ります






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夢を追いかけて


 
庭にオリーブの木のある家で暮らしたい という夢は 終になるであろう ここの棲家を構えて早いうちに叶いました

今年も あとは色づくのを待つだけの実が たわわです


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その時どきの耳寄りな話に吊られて 花畑も訪ね歩きました

そして次は そこに水が流れているかを疑うほどに テレビの画面に映し出された四万十の川底を 見てみたい

何気に口走った この夢が すぐやる友人のオカゲで叶うことになりました

が 

私の旅は 事前に口外すると企画倒れになる というジンクスがあるものを うかつに知人の一人や二人ならまだしも 宇宙へ大公開してしまったのでした


昨日から気になる台風 

ジンクスに 晴れ女が勝つか どうか







小さな幸せ

 
小学2年生くらいだったでしょうか
放課後の校庭の隅を 腰を屈めて弱々しく通り過ぎるオバアサンが見えました 

その オバアサンは その時 それで充分に幸せだったかもしれないのに その姿が気の毒に見えたからだったか 私は50歳まで生きられたらいいな と思いました
とりとめもないことが脳にインプットされるのは よくあることで それから折り折りに 50才まで生きることが思い出されながら 生きていました

そして
50歳を迎えようとするとき 私は異国にいて そんな罰当たりなことを考えたことに恐れをなし 神妙に その日を迎えたことを覚えています

幸いに 罰が当たることもなく それからも とりあえずは 日々 丁寧に生きて来ました

それとは別に 今 命が果てても悔いはないな と思うようになって 10年は過ぎたでしょうか

体調の変化もあったりして もう子供たちは 私が居なくても どうにか自分で生きて行けそうだし いっときは私が居なくなったことを悲しむ何人かがいたとしても 時が解決するのは間違いない

美味しいものも食べたし 行きたいと思うところにも行ったから
誰かのお世話になる前に 今 幸せに溢れたまま消えても 私が生まれた甲斐はあったと思う 敬老の日
インタビューで 長寿日本一の男性に 長生きの秘訣を尋ねると  「喜ぶこと」  と答えられていました


なかなか咲かなくて気をもんでいた モミジバルコウソウが開花しました

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タダモノではないと気付いた小さな芽を大切に育てたら いつしか絶えた千日小鈴が花を付けました

確か一昨年 清水公園の お花見に行ったとき 入口の花屋さんから持ち帰ったフジバカマにも蕾です

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いつまでも穂が出ず心配した紫エノコロも セーフ

花友さんからは 秋の味覚が詰まった包みが届き

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先行予約によるチケットを譲り受ける権利を得たのは半年以上も前
公演一週間前という約束の予定より少し早く 無事にチケットが届きました
 


23日には アーちゃんのピアノ演奏を聞きに行きます
今年は 課題曲の他に ヴァイオリンとフルートによる三重奏にも抜擢されたアーちゃん

バレエは好きだけど ピアノは向いてないそうで 今年が最後の舞台になるかもしれません
算数や国語は どうでもよくて ピアノが弾ける女の子であって欲しいと思う私は アーちゃんに
「ピアノが弾けない女の子って ババは好きじゃないなぁ」 
と 厳しいことを言いましたが 舞台での三重奏による達成感を得られたら 気持ちは変わってくれるでしょうか

次々と 小さな幸せが押し寄せる 私のシルバーウィーク
今日は これから歌いに行って来ます

50才から だいぶ生きてきました
寄せ来る 小さな幸せを喜び 長寿日本一とまででなくとも もう少し生きられそうです






 






消極的平和の中で

 

若いころ スラリと自慢だった足に 作業パンツを纏い 長靴

地主さんに嫁ぎ 野菜作りも すっかり板についた友から オスソワケが届いた


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もちろん そんなことはないと思うけれど 今年 初めて挑戦したというパプリカの色彩に 他の野菜の色を考慮して箱詰めしたのではないかと思いたくなる鮮やかさに 心和む


1年を過ぎ すっかり我が家の住人となったワンコは  出かける前の私の立ち振る舞いで 「アタシも連れて行って貰えるのか置いていかれるのか」 を 見分けられるようになった 


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今日は 置いて行かれるのを覚悟した目線が切ない


ここのところザワザワした日が続いたけれど 久しぶりの茶会にも参加し 平和を実感 

これは 私の 消極的平和かな

 
ノルウェーの学者によると 平和には 積極的平和と 消極的平和 があるのだとか

70年前 戦争が終わって訪れた日本の消極的平和
そして 貧しさも差別もなく 誰もが 心穏やかに暮らせるようになって 積極的平和

多くは望まず消極的平和で充分に満足なんだけど 相変わらず見苦しいワード検索で 100 を超える閲覧者の 1000に近いアクセスに見舞われる 我が部屋
それらの訪問者が辿って来た道を 遡って行きついた部屋にて
ブランド好きだとか 自慢だとか コメント欄を閉じて他所のブログにコメントするべきではないとか 
挙句に <誹謗中傷> の4文字が何とも軽やかに言い放たれていることに驚く

村の積極的平和を目指して 声を大にした結果なのか 最近 いくつか人気者の部屋が消えた経緯は 何となく私にも掴みとれたのだが ・・・

コメント欄を閉じること自体は 私も頑なに賛成できない
しかし 正当な理由でコメント欄を閉じているのなら 他所のブログに交流を求めての書き込みは非でないと 私は思う

ブランドを好むか好まないかは 人それぞれ
それがブランドであろうとなかろうと 持ってみての使いやすさや満足感を公開することは 私もあるかもしれない

かつて ヴィトンは 世界一丈夫な材質で作られていると聞いたことがある
丈夫で長持ちする お気に入りのブランドを手に入れた喜びを ネットで公開したら エチケット違反になるのか?
もしも それを自慢だとして 自分のブログに自分の持ち物の自慢を打ち込み ネットで公開するという行為は ルール違反なのか?

ブランド品を自慢するのと ブランド品への愛着を自慢するのとは まったく別のものだと 私は思うから
もしも 誰かが 小物やブランドの品々の自慢を披露する姿が美しければ共感を得るし 不快に思えたら そのブログを訪ねることは しないだけのこと

<麦> <誹謗中傷> <か●ん●>・・・ これらのワード検索が いっときも早く遠ざかり 静かな平和が訪れるのを待つ麦です









確執

 

3人兄弟の真ん中に嫁いで 何十年

夫の実家には その2年前に結婚した長兄夫婦がいた

後年になって 「 長男の嫁は あれぐらいでなきゃイカン 」 と義両親は兄嫁のことを認めていたが 「あれぐらい」 というからには 次男 三男の嫁には必要のない何かが 兄嫁にはあった ということ

その 「あれぐらい」 の 「あれ」 が何であるか 毎年の盆暮れに 夫の実家に集合するたびごとに私にも伝わって来た


「この五目ご飯 誰が作ったの?」 と 私が聞くと 義母が 「マーちゃん」 と答える

「やっぱりね おばあさんではない思ったわ」 と 私

「でしょう マーちゃんのは薄味でしょ?  Mちゃんと私は味好みが合うね」 と 義母

そこで マーちゃん

「薄くないですよ 私 おばあさまのシイタケの煮たの 辛くて食べられないですもん」

私は 薄いも濃いも どっちでも良い 
ただ いつもいただく義母の味とは違うように感じたから 聞いてみただけ

薄味だから好まないという意思表示もしてないけれど  義母の兄嫁に対する潜在した対抗意識から 私を義母の味が好みであることにしたかったのだと思う



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ブルーエルフィン


永遠のテーマと言われる 嫁姑の確執

広辞苑によると 確執とは 「自分の意見を強く主張して譲らないこと」  

私は 今 誰かに 私の意見を強く主張して譲らないでいるつもりは まったくない

主張して 結果が得られるなら主張もするけど 

異なった土俵で お相手をする意味のないことを悟って 久しい


降りかかる火の粉は払うしかないけど 

・・・ 
ですから 私には もう遠い過去のことなんです


じ ・ えんど








なんで?

 
子育てしながら働いてる お母さんは 大変だなって思う

そのまた お母さんは さらに大変だな って思う

具合が良くないから保育園を休ませたいという お嬢さんからのSOSで 取るものも取りあえず 駆けつけたという友と 銀座へ繰り出す

お婿さんに 週末は 家族水入らずで過ごさせてあげたい との気遣い


お濠の前のベンチに腰かけ 彼女の話を聞きながら

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この窓一つ一つに一人がいたとして 
いったい この風景の中に何人の人がいるのだろう と考えていた



普段は 少し 手がかかるようになった義母さんと同居中の彼女 

赤いチャンチャンコを身に付けるという 節目の年齢を迎えたら記念の旅行をする約束も まだ果たせてない


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セットのグラスワインを 彼女はビールに代えていただき 私のワインは白


今日は何時に帰ればいいの?

お父さんが休みで家に居るけど あなた次第でいいわよ

いいの? 私は バレーを見たいけど 今日中に帰ればいいかな

じゃ 「花燃ゆ」 の録画を娘に頼むわ

私も バレーを撮っておいて貰おうっと


足が痛くなるまで銀座をブラブラして いつからか欲しいと思ってたという 不祝儀用の小さなバッグも見つかって 互いの電車の乗り換え地点まで戻り 駅ビルで夕食も済ませた


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彼女は 夜も やっぱり ビール 
私は カシスのカクテル


今度 生まれ変わったら 絶対に男がいい という
結婚はしないで 陶芸とか 織物とか 工芸の道を極めて 生きたいのだそうだ

私は 女
サラリーマンの妻になって 夫に依存して 家の中で暮らすの

だから 私たちって 長く続くのかもね

男 と 女 なのね

じゃ またね

今日 私が話したことは  ね!  と 手の平を上に向け両手を大きく開いたあと向きを変えて 彼女は改札を抜けて行った

私にも いっぱい話すことはあったけど ブログを書いてない彼女には解らないこと ・・・



なぜ?

更新もしてない 古いブログが 

<麦>  <誹謗中傷>  <トンマ>  <管理人>  の検索で アクセス数が急増しているのは なんで ?








溶ける

 
問題 ①  お城の中で、お殿様が実際に住んでいたのはどこ?

イ 御殿
ロ 城下町
ハ 天守

問題 ②  シャチホコは何のためにある?

イ 火事を防ぐための お守り
ロ 敵が来たことを知らせる 見張り
ハ カラスが来ないようにする おどし

問題 ③ 将軍家の女性のために作られた女乗物で間違っているのは?

イ 乗り物の中には華麗な絵が書かれていた
ロ 女性は お城の中でも乗り物で移動していた
ハ 乗り物の中には 付き添いと二人が乗っていた

ここ数年 ほとんど傘で間に合った雨が 何年ぶりかで 下駄箱から雨靴を引っ張り出し 裾までのレインコートという完全雨対策で出かけた 徳川家康の勉強会
抽選会で 当たりだというC賞の可愛いトートバックの柄は お気に入りだけど
ウィキペディアでは出てこない 家康の裏話みたいなものが聞かれるかとの期待は儚く

会場に掲げられた お城に纏わるクイズは さすが入門中の歴女 三問とも 容易く 解けた

こういう場合 <解けた>

あれが正しい これが間違ってる と 押し問答して 事実が判明したり 接点に辿りついたり 妥協したり

もっと 難しいと思っていたけど 意外にも柔らかくて 

この場合 気持ちがほぐれるから <溶ける> だと思ったら <解ける> が正しい  

見た目 <解> よりも <溶> の方が 優しい風情なので 何か この雰囲気を出したくて いろいろ検索したけれど とうとう 見つからなくて やはり 打ち解ける の場合も <解ける> 

<溶ける> は 氷や雪が水になったり 砂糖と水が混ざり合ったり などの 物質的な形容に使われるようだ


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夜半 家康の勉強会から戻ると 玄関に 胡蝶蘭の鉢植え と バラのコサージュ
家にいたとしても インターホンを押すことはなく 「売り物にはならないから 良かったら飾って」 との控えめな気持ちなのか いつも そっと置いてある

互いの子供が小さい頃は テニスをしたり 子供同伴の茶会をすることもあったけれど 卒園後に通う小学校が別々となり もうだいぶ長く 触れ合うことはなく 彼女が取り仕切る花屋さんで 売り場に置けなくなった洋ランを頂くだけのお付き合い 


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お付き合いと言うほどに お付き合いもないから 争うことも それ以上 親しくなることもなくても 何かの折に出会って 近況報告なんかで長話になったりすると  知り合ってからの期間は長いだけあってオシャベリには くったくない

親友はもちろん 友達とさえも言えるかどうか分からないけど 打ち解ける ことはできるのだ

固くて高い壁が取り払われて 東と西か 右と左かに居たものが出会って握手をした場合 
こういう場合 空気の中で互いが混ざり合って 溶け合った でも良さそうな気もするんだけどね


やがて訪れる今年の冬に 東京で雪が降るかどうかだけど 来年の雪解けのあとに咲く桃色の花を目にして 私の心が溶けているかどうか 

なにしろ 吐き気がするような トンマ 

これを溶かすのは 難しい



 
 



気になる 宇宙船



体温もなく 息遣いも聞こえない画面の向こうから その人の お人柄が伝わって来る


私も 全く無関係ではない 宇宙船

揺れている

私が撒いた火の粉ではないからって 素通りする私は 画面の向こうに どう伝わる ?

不本意ながら
http://blog.goo.ne.jp/aoimugi ありのままに


 
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ウォーターバコバ


大好きな人がいる
こんなことを呟く船長さんは 世間でも きっとステキな女性なんだろうな と 勝手に決めて 好きでいる

今日は 真田幸村について お話されていた

来年の大河ドラマ ですね

幸村は 堺雅人 さん

父親の 真田昌幸役が 草刈正雄さん
兄の 真田信之は わぁ 大好きな 大泉洋さん

豊臣秀吉が うん この人もいい 小日向文世さん

淀君に 竹内結子さん
茶々が 鈴木京香さん

・・・ ん ?

淀君が竹内結子さん で 茶々役に鈴木京香さん って 
テレビで ダブルキャストってこと?

年代で演じ分けるにしても 茶々が竹内結子さんなら解るけど 鈴木京香さんが茶々では 年齢的に無理があるから
もしかして 鈴木京香さんは おね の 間違いかな?

信長役がない ってことは 幸村の幼少期から 1500年 末期に飛ぶのかな


幕末の 花燃ゆ もいいけど 大河ドラマに興味を持つキッカケになった戦国時代が やっぱり いい


今夜はレンコンの はさみ揚げ

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この量 もちろん2件分  


明日は <徳川家康の勉強会> 

台風が 気になります








珍しく ロックで

 
早朝出勤したり 深夜に帰宅したり シフト勤務の家族は 毎日が時差ボケ

午前3時
さて


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早朝の 一人酒宴
 

決して 酒豪ではないけど いくらでも飲める
飲めると知ったら あっちこっちで試飲しちゃうもんだから いつのまにかワイン愛好者になってるし

でも これは コストコの試飲販売で 即 気に入り カートへ

コストコ と日本では定着してるけど T は発音しないから コスッコ だよ と 本場のコストコ会員だった息子

ヤツは 中国で私と一緒にタクシーに乗っていて 運転手さんに 「何で日本人と一緒に居るの?」 と 聞かれたことがある

「私のママだから」 と答えたら 運転者さんは ビックリ仰天

中国語のなかでも 正式なプートンフォアで話す息子を てっきり台湾人だと思ったらしい 

母親は 無系  父親が理系  その息子はバイリンガル


ふふっ!
夏の花が 一休み

でも 何か書きたいから 徒然なるままに 息子の語学力自慢

一主婦の自慢が つまった つまらない ブログ って解れば そのうち 治まるでしょうから

ちなみに グラスは バカラ ですのよ 

って 庶民の私には グラスの高級品なんですけど

あっ!
そう?
誰でも使ってる 普及品

そうですか


とりあえず ポチッ! をして帰っていただければ 励みになりますぅ 

なんてね
ブログを書くのに 励みなんて要りませんわ

別に 目立ちたくないし


私のブログで戦慄が走ったり 吐き気がする あなたは 2度と来ないでね


  








ちょっと 反省  ん? いっぱい反省 


郵便屋さんや 宅配便屋さん 家の前の歩道で出会った駐在所の警察官

「ごくろうさま」 は当然だけど 私は 頑なに 「おつかれさま」 で交わす

どちらも労いの気持ちを現しているに違いないけど 産まれてから ずうっと使って来た日本語で培われた私の労いの言葉は 「ごくろうさま」 でなく 「おつかれさま」 なのだ

なんとなく 上から目線が潜んでいるような ごくろうさま よりも おつかれさま がいい

ここ数日の おつかれさま
でも 相変わらず 少時間睡眠で OK の私
昨夜は 23時過ぎ就寝 今朝 3時30分起床 
4時30分にハタラキバチさんを見送って 緑茶を頂きながら 外が白むのを待って ワンコの散歩

ワンコに ご飯を あげる

エサ ではなく ご飯
与える でなく あげる 

エサを与える では どうも 上から目線的で ワンコに申し訳ない


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例年の厳しい残暑は一休みで ここのところ曇りがち 
その間 けっこうな雨もあったことから ついつい手抜きしていた花たちと対面して
おぉ!
数年前はウヨウヨと立ち上がったナンバンギセルも 年々 侘しくなり 去年は絶え絶えだった花からダメもとで種を採取し 寄生するススキの根元に蒔いておいたのだが


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咲いてくれて ありがとう


感謝の気持ちを伝えたいときに ありがとうございます 
しかし 咲いた花に ありがとうございます は ない
ありがとう が いい


映画に行ったり 旅したり の仲良しは 友達

その人のために死ねるか!
これが  私の親友の定義

とりあえず 義務教育で習得した日本語は話せるのに なぜか私の日本語での世渡りは難しい 


そうですよ、私は、ちゃんと対応します。
視点の違いで食い違っていますが、私は、※※さんのやりきれない、お気持ちは受け止めています。
考え方の違いから平行線を辿る予感があったら、どこかで、どちらかが線を引かないといけませんね。
それが、どこなのか、どちらが、その線を決めるか。
まだ納得の出来ない気持ちが燻っておられるようなので、
ここをお読み下さるか解りませんが、納得できる結末になれば良いと思います。


これは私から kanmoさんへの返信コメントです
この一部分をコピーして まるで私から提案したように 記事になさっていらっしゃいましたね
このような理不尽なことが あなたのところでは道理で展開されていきます
間接的に私の気持ちが届いたので 別に構いませんが 

私がブログを書き始めたわけ
それは 2004年のこと
大ウソツキをブログで罵倒するため
地球上で罵倒すると問題だから 誰にも解らないように そおっと どこの誰だか解らないように
密かに言いたいことを 書きなぐって やり切れない気持ちを収めていました
誰かが 2004年当時のブログのことを、最近のブログと勘違いされているのか 「恐ろしい人ですね」 って言ってたけど
私は 個人を特定して 大ウソツキ などと負の言葉で形容して公開することはないし もちろん あの方のことではないのに 


私がコメント欄を開いているわけ
それは 私の発言に反論がある方が書き込むことが出来るように
私は ブログの交流が目的ではないから コメント欄は閉じても良いのだけれど それでは私に反感を抱いたかたに鬱憤が溜まると思うから
だから これまでに一切 どなたに対してもコメント拒否の設定はしておりません


私が 親友と言う言葉に馴染めないわけ
それは ある時 「あなたのことを親友と思っています」 と言って私に近づいてきた人に裏切られたから
最初から 私を利用するために近づいてきたことを知ったから

大海の荒波で溺れているのを見て 迷うことなく飛び込めるか
我が家の貯金通帳の残高をすべて その人のために差し出せるか

これらをクリアして 私は初めて 親友 と言います

親友として付き合っていた友達が破産し 500万円の借金を申し込まれた知人がいます
悩みあぐね 返さなくて良い約束で 100万円だけを用立てました
その後 その元親友は 家族で夜逃げしたまま行方不明です

親友という言葉の重みを考えると 私は 誰が親友などと 軽々しく口にすることは出来ないのです


あっ!
反省ね!
どなたかの 「自分が納得するだけの文章」 という発言を目にしたけど たぶん私のブログかコメントのことだと思います
確かに 私は そうかもしれません

このたびは 「kanmoさんはウソツキではない」 ということだけに拘り その他は二人の問題であって私には関係ないとし kanmoさんの言動に疑問を持つ方々の気持ちを 思いやることがありませんでした
末っ子の私は ずうっと 私のわがままを家族に押し通してきたことを だいぶ大人になってから気付きました
いまだにまだ 私だけが納得すればよいような文章を書いているフシは 大いに有り得ると思います

どなただったか忘れたけれど 気付かせてくれて ありがとうございます
見知らぬ どなたかだから ありがとう ではなく 心を込めて ありがとうございます です


全て あなたが正しく 全て私が間違っている
あなたのブログの 共同管理者の結論ですね
それで よろしいと思います


稔るほど 頭を垂れる稲穂かな
稔ったkanmoさんは 頭を下げましたが 私は麦です

稔ってもピンと背筋を伸ばしている麦!
ましてや青い麦は 頭を垂れることはありません

・ ・ ・ 困った麦です


あの場所の座談会は苦手だけど 正直って言うか 気持ちを素直に表現されている記事は好きなんだけど な

さて
終わろ!



記事中に私の過去のブログ名を記しましたところが、ご迷惑を感じている方が居られるようですので、
2004年当時のブログのことを、最近のブログと勘違いされているのか 
に、訂正しました。
2004年当時のブログ とは、私がネット、そして初めてブログと言うものを知り、世間の理不尽さから逃げていたころの心の鬱積を綴ったものです。
タイトルは 「明日★☆★~」 サブタイトルが 「笑顔★☆★☆★~」 でした。
どなたかが勘違いされているブログとは、全く関係ありません。












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