るりとうわた色の空に

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最後の どんどん焼き

そこには サツマイモが植えてあったので あれは秋だったのですね

後継者のいない農家さんに貸していただく その土地は 道路との境界が怪しげな川沿いに位置し いつかは国に買収されると聞いていましたが その時点では まだまだ先のことのように思っていました   

何度か説明を受け 国土交通省さんによる 専業主婦の久しぶりな社会参加は 立ち退きというもの
とうとう その日が訪れたのですね


あの年 サツマイモを掘り起こした後に 先輩から頂いた水菜の苗を植えたのが 私の野菜作りの始まりでした

年が明けて寒い日が続き いくらかに育った水菜を収穫してからの畑は しばらく荒れ地のまま 春を迎えました

コリアンダーの種を撒きました
それからは 毎年 春一番にコリアンダーがコボレダネで芽を出すようになりました
そして その発芽は 夏野菜のための準備を始める目安になるのです

育成が難しいホウレンソウは 失敗を重ねながらも 雪が積もったと思えるくらい石灰を施し 2週間が過ぎて耕したところに種を撒けば育つことを覚えました
ホウレンソウの紫色を帯びた葉が 初めて畝を埋め尽くした時には その画像が その年の年賀状になりました

野菜の写真を撮る私に声をかけてくださった方へ ブログに載せるための写真だということを お伝えしたこともありました

「そんなの無理」 と ベテランさんの難色を示す声にもめげず 植物が育つための日光と水と温度を保つ工夫をし 真冬に万能ネギの芽を出させて 密かに ほくそ笑んだこともありました

片言で話せるようになったころ 青いうちに摘み取って追熟するスーパーのトマトと違い 枝で真っ赤になるまで育った固いトマトは良いトマトであることをママに教えられ 「ババの固いトマト」 と言って喜んだ天使

3.11のあとの汚染が気になり 区役所の機関に収穫した野菜を持ち込んで検査したら それ以上は究明できない小さい値として 安全の太鼓判を押していただきました

ある時 何気ない 知人の 「マリさんの農園」 という表現が私のツボにはまり それから私の農園での産物は 知友人へ そして食べきれないほど簡単に実るトマトやキュウリは 夏が来るたびのオスソワケとして定着していきました

どんどん焼き と言うのが正式な名称でしょうか 年末に新たにする神棚の 役目を終えたシメナワや 玄関を飾ったお正月の門松を畑で焚くのも 今の時期に恒例の作業です

指を追って数えたら 10年
そう ブログを書き始めたころです

畑は 私の楽園でした
やはり 農園ではなく 私の畑でした

畑で 最後の どんどん焼き をしました

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畑に向かうハンドルを握る私は 恋人に会いに行くときのような胸の高鳴りにも似ていたでしょうか
それとも 川沿いの道路を 宇宙へ飛び立つロケットのごとく カウントダウンを刻んでいたでしょうか

作業を終え いくらかの収穫した野菜を積んで我が家に向かうハンドルは 私の腕にズシンと重かったように思います


畑に居る時間が 大好きでした

畑に ありがとう 

畑に さようなら 


私の畑は 震度いくつの地震に耐える堤防に生まれ変わります

 



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