我が家も花盛り



花の季節と言えば春のようでも 夏の炎天下に咲く花が 意外と多いことに気付くことがあります

そう言えば ひまわり カンナ ヒャクニチソウ 朝だけの一日花にしても朝顔 などなど 幼いころ見た 母が手入れしている庭に咲く夏の花は思い浮かぶのに 春の花と言うと 即座に思い出せるものがありません


お正月が過ぎて 二つの寄せ植えを解体し カレンデュラ デージー そしてガーデンシクラメンなどで春らしく変身しました

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センスの決め手となる 前に垂れ下らせたリキマシア・ ミッドナイトサン
黄色い蕾が見えます

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雪に見立てたシルバーリーフ エレモフィラに花が咲き玄関に再登場
子供のころは名前も知らなかった花です


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オダマキ ウィンキーダブル・レッド

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セイヨウサンザシ



 
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小型の洋ラン ロディゲシー と ピエラルディーも今が旬


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ぶら下がって咲く姿が人気を呼ぶかのロディゲシー
殖えた芽を仮り植えした鉢に花が咲き これもまた いい感じです 






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コメント

おはようございます(^_^)
麦さんのお花好きは
お母様譲りなんですね
ひまわり カンナ ヒャクニチソウ……
ここ迄ですね^_^;
あとは舌噛みそうです

私は下の鉢から咲く花
好きです

2015.05.01   h.j   編集

h.j さん

大丈夫ですか~、舌、痛くなっていませんか~(*^-^*)
今日は、玄関にオンファロデス・リニフォリアが2鉢、飾ってあります。
オンファロデス・リニフォリア 
名前を覚え込んでしまえば、舌を噛むことはないですよ(^^)v

母から教わった花の名前で、キリタンサスがあります。
あのころは平凡な、ひまわり、カンナ、ヒャクニチソウなどでしたが、この頃は母の世代でも、新種を育てているようですね。
キリタンサスは、きっと母を思い出す花になると思います。
あっ! まだ健在です~(笑)

下の鉢から咲くのは、私も良いなと思います。
これは、まさか、すぐに咲くとは思わず偶然なんですよ。
鉢は、自宅に窯がある友人が焼いたものなのですが、失敗作だそうです(^△^)


2015.05.01   麦   編集

麦さん こんばんは。

きょうはまた良いお天気でコ-ンと落花生の種まきをしました。

麦さんの方は北に東に南に西にと空の旅が続いていますね。


それでは10話目をここに貼り付けます~♪



社会人同期生のひとりは就職時にすでに彼女がいた。そして社会人一年目にその女性と結婚した。結婚式の披露宴に呼んでいただいたときに初めて彼女の旧姓が越智ということを知った。愛媛県の大三島の出身で越智氏といえば、話は戦国の逸話になる。

わたしは、彼女のお父さんのテ-ブルにお祝いのご挨拶に行き、越智さんは大三島の大山祇神社の鶴姫に繋がる家系なのでしょうかと質問した。大三島には戦国時代に鶴姫という女性の武将が誕生し歴史に足あとを残した。越智一族は大山祇神社の大祝(おおはふり・神官)として大三島一帯を支配していた。

歴史夜話10
 越智氏は饒速日命(ニギハヤヒノミコト)の子孫を称し、代々大山祇神社(三島大社)の大祝(おおはふり)となったと伝えられている。そして大山祇神社は戦国時代には越智一族の氏神として尊崇を集め瀬戸内海に隠然たる勢力をもつようになった。

鶴姫は、大三島の大山祇神社の神官一族の娘でした。神官と言っても諏訪大社の大祝の諏訪氏と同様で、一族は武士団化し戦国時代には豪族となっていました。そして近隣で戦があると一族の者を陣代として派遣していました。陣代とは君主の代理として出陣することです。特に水軍は瀬戸内でも一二を争う勢力となっていました。

周防長門を中心に豊前筑前安芸石見を領する西国の大大名の大内氏は、対明貿易を独占するため瀬戸内海の制海権を虎視眈々と狙っていました。大内氏の攻撃を受けたときの大祝は越智安用で、安用には安舎、安房、鶴という三人の子がいました。

1541年(天文10年)大内氏の水将白井房胤と小原中務が軍勢を従えて大三島に攻めてきました。このとき大祝は安用から長男の安舎へと代替わりしていましたが、この激戦で、大三島水軍の陣代として出陣した安舎の弟の安房が戦死しました。安房の戦死後、大祝安舎に替わって大三島水軍の陣代となったのが16歳の鶴姫でした。鶴姫は、同年10月、再度来襲した大内軍の小原隆言を討ち取りました。

1543年(天文12年)6月、大内義隆は重臣の陶晴賢の軍勢をもって、三度目の大三島攻撃を行いました。過去二回の合戦に敗れている大内軍はあらゆる兵力を結集して大軍で三島水軍を攻めました。この戦いで鶴姫の右腕で恋人ともいわれる一族の越智安成は秘術をつくして戦い、最後の手段として早船に乗り、敵の将船をめがけて突っ込みました。そして安成は戦死しました。

 鶴姫は、恋人の死の悲しみも覚めやらないまま手勢をまとめ三島城に撤退しました。そして諸将を集め最後の突撃をすることを告げます。鶴姫は残った早船を引き連れ台の浜を出撃。敵が敗走し勝ったと油断していた大内水軍を奇襲しました。この不意を突いた攻撃は見事に決まり、敵船は沈むもの、逃げるもの散々の態となりました。しかし、鶴姫の三島水軍の損害も大きく、敵を追撃する余力もなかったのです。

戦いに勝利はしましたが、鶴姫は兄や最愛の恋人の戦死を悲しみ海に身を投げて自害したと伝えられます。いまも大三島神社には鶴姫が着用した日本唯一の女性用鎧が伝わっています。

辞世の句は「わが恋は 三島の浦の うつせ貝 むなしくなりて 名をぞわづらふ」。

 その後、越智安舎は、大内氏に攻略されて大内氏の配下に甘んじるようになりました。そして大内氏は陶晴賢の謀叛で滅び、その陶氏も毛利氏の奇襲に敗れて滅亡しました。大山祇神社は毛利氏ら戦国大名からの信仰を集め、江戸時代になると参勤交代で江戸と松山を往復する藩主一行の海陸道中安全祈願がしばしば行われました。

2016.05.17   えんてつ   編集

v-483 えんてつさん こんばんは(*^-^*)

コーンと落花生を蒔かれたのですね。
とうもろこし、とピーナツではないのですね、、、( *´艸`)

このところ、成り行きで出歩き続きです。
2泊3日の留守中に、たくさんの歴史夜話をいただきまして、嬉しいビックリでした。
ありがとうございます。
因島止まりですが、しまなみ海道を走ってきましたので、そちらの記録を終えてから、ゆっくり楽しませていただきますね。

2016.05.20   麦   編集

v-490 えんてつ さん

いつも高度な夜話ですが、登場する人物や言葉を、いくつかウィキペディアへ飛べば、おおよそ話の内容は掴み取れます。
しかし、このたびは知らない武将が多すぎて難しいです。

女性の武将がいた、ということだけはインプットしましたよ(*´▽`*)


2016.05.21   麦   編集


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