悲報にふれて

10年と少し前
口にするには阻まれ それでも誰かに聞いて欲しくて語りかけた見えない相手
そのころのネットは 私にとって まだまだ未知の世界で そこにも ここにも私の言葉が散らばるという実感はなく 思うがままを自由に綴っていた

その延長の 今
あのころのような 聞くに堪えない言葉を綴ることはないにしても 書くことが好きだから 何かにつけてPCに向かいキーを叩くのだけれど
その悲報にふれ PC前にいても 何を書いたらよいのか解らずにいた

会ったことは一度もない
声も知らない
だけど 好きな人でした
多肉が育てられている そのブログを覗いたり 
会ったことがなくても 顔も 声も知らなくても お人柄は電波に乗って私の元に届き それは 実際に交流のあるところの人伝てに伺う それと一致していました

関西方面での仲良しさんは たびたび集合することがあるようで
その時は
「☆ちゃんと 会って来ました」 との花友さんからのメッセージに 今 病と闘っていながらも お元気そうなことが書き添えられていました

その後  「☆ちゃんに会って来ました」 のメッセージには 「お嬢さんと一緒に来られました」 と ありました


私には そのメッセージから 感じ取れるものがあり
回りの皆さんが どのように思おうとも 私は 辛く苦しい日々を生き永らえるよりも 私が好きな人の その日までの一日一日が できるだけ安らかな日々であって欲しい と 願いました

それは 地球で呼吸する私が 見えない相手に語りかける あの時の辛さとを重ねてしまうからなのかもしれません

あれから そう長くはなく 悲報


朝は雲が一面を塞いでいた空に 青の部分が増えてきたので ミモザの木を見に行きました

初老のご夫婦が営むレストランの入口に立つ ミモザ
あのころ 花の日記に何度か綴ったことのある ミモザ

花の時期ではないけれど あのミモザの木に会って ☆さんを見送ろう と 自転車を漕ぎました

しかし 30分ほどで辿りついた そこには 黄色い花が2階の屋根まで覆いかぶさっていた あの大木の姿はなく 残った幹にはツタが絡まり 横に伸びた枝には ぬいぐるみを座らせたブランコが吊ってありました


DSCN8136.jpg


お辛いかと思ったけれど テラスに居られた家主の奥様に カメラに納めることの承諾を得るに合わせて伺うと 1月か2月だったか 関東に降った雪の重みで折れてしまい 今年は花が見られなかったとのこと
これまで 私の他にも ミモザが咲くころには 多くの方々が見に来られていたと 奥様は申し訳なさそうに話されていましたが 私には さほど無念に思えず この偶然に なぜか心休まる気がしました

生野菜に散りばめる 裏ごしした茹で卵の黄身が似ていることから それをミモザサラダと言うのなら この木が 何百個か 何千個かの卵の数に匹敵するほどの花を 見事に咲かせてきたミモザだからでしょうか

おつかれさまでした 




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