るりとうわた色の空に

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揺れる心



 君がいいのなら もっとそばに来て~ ♪  と 揺れるのはオフコース だったっけ


私も けして 亭主達者で  ・・・  とは言わないけれど
出張でも だいたい日帰りの その亭主が 珍しく明日まで帰って来ない となると 少しだけ弾む心は否めない

人生 下り坂の今
使う当てもないのに 店頭で目に留まれば ついつい 「何かになりそう」 と 貯めてきた手芸品の数々 
こんなのを残されたら 娘は処分するにも忍びなくて困るに違いない と思って片付けつつある今日この頃

パッチワーク用のハギレは とりあえず大きく繋ぎ合わせておけば 私が残していっても テーブルクロスなり 何かのカバーにでも 使えるでしょうと一念発起してから どれくらい過ぎたやら
15cmの正方形に満たない部分には 別の布を補い 貯まった布を使い切るまでと地道な作業を続けて やっと2m四方
しかし ここまでに使った布は せいぜい全ての布の一割にもなるかどうか


なんとなくグラデーションのツモリ

DSC00658.jpg


時が経つのは ますます早く
避けるわけにはいかない家事の合間に どうしても続けたいことって何かを自分に問いかけると どれも みんな省き難いことばかり


夏の花サフィニアが開花

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秋の種撒きトレーから ネームプレートの花とは明らかに違う芽が二つ 
タダモノではないと確信し 鉢上げしておいたら 花が咲いて サフィニアと判明
撒いた覚えはなく 夏になれば容易く見ることができる花だけど 「鳥のプレゼント」 か それとも使いまわしの土か鉢花に どこかで紛れて来たかと 思いを巡らして愛おしい

亭主さんが 角を曲がって見えなくなって さあ明日までの自由時間に何をしましょう と このところ遠のいていた この部屋に居座っているうちに NHK朝の連続ドラマがスタートし 時間の過ぎる速さを再確認

種撒きもボーリングも 絶対に省けないしと ・・・  揺れる心




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コメント

今日は(=^ェ^=)
ふふ!
亭主元気で、、、。我が家も国内の出張はほぼ日帰りですね。
毎月の海外出張は嬉しいですよ。♪(´ε` )
こころのお洗濯します。

ご主人が見えなくなる迄 お見送りですか。
私は座ったままで、行ってらっしゃいと
言いますが(≧∇≦)


私が絶対に省け無いもの、、、。
猫達とのスキンシップでしょうか*・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。. .。.:*・゜゚・*

2016.01.29   h.j   編集

h.j さん

e-343

留守が、、、いいですね~(^^♪
おぉ、月に一度。お洗濯!
真っ白になった心で、「おかえりなさ~いv-25」ですね(*^-^*)

出勤時の習慣になってしまったので、見送らないと何か良くないことが起こりそうで、落ち着かないでしょうね。
習慣にしたのが、まずかった、、、( *´艸`)
「行ってらっしゃい」ですね。
私は、「さっさと行って!」かもしれません~(*´▽`*)

そうそう、、、
ワンコとのスキンシップも、欠かせません。
ここのところ、ちょっと忙しすぎて、ワンコの留守番が多くなりました。
そんな時は、亭主が家にいてほしい・・・(≧▽≦)

2016.01.29   麦   編集

麦さん、こんばんは。

夜話というのは「夜する話」というのが本来的で、話の進む方向は男性から女性というのがもっともらしく思う。そしてIT時代になってからは夜の物語ではなくてメ-ルやブログがどんどん増えて男から女というより自分本位にご自由にといる気がする。ならば内容にこだわらず軽く聞き流すということが肝要ではないかと思う。

IT時代に生まれたSNSの世界は、自分が他者をどれだけ受け入れられるか?ということに尽きます。自分のブログは世界に発信しているので、万が一の場合、バッシングを受けるようなことも覚悟しておかないといけない。国家や組織も突き詰めれば個人と同じ。価値観というものは歴史や個人の生きざまを通して作り上げられるので、大きな時代の変革のなかでは価値観も大きく変化する。幕末の動乱期に現れた新選組は幕府の治安維持部隊として名をあげたが、明治の維新勢力からは国賊に近い犯罪者として断罪された。しかし、逆境にあっても世渡り次第では立場を乗り越えることができる。そんな人の話。


歴史夜話-1
幕末の動乱は、近代日本の誕生ということで武力を伴った新旧の価値観の衝突だった。そして明治新政府側が勝利したことで旧幕府側はひどい仕打ちを受けた。その代表格は会津藩だろう。幕末、会津藩主松平容保は京都守護職として薩長を中心とした新勢力を弾圧した。有名なのは近藤勇を局長とする新選組を利用したことで池田屋事件は今もなお語り継がれている。

 京都においては悪名高い新選組だが、鳥羽伏見での敗北後、戦線が北上して会津戦争のころに新選組の局長代理となった人に「斉藤一」という人がいる。出身は定かでないが新撰組では最初三番隊長となり、会津戦争では全軍の参謀として忙しく不在だった土方歳三の代わりに新撰組局長代理を務めた。土方が会津を出奔して北に向かうと、その代理が取れて会津における新撰組局長として会津戦争を最後の延長戦まで戦いぬき、平成のIT時代の人気剣客ゲームのお陰で近藤、土方、沖田クラスまで知名度が高まった。

斉藤一は多くの名前を名乗っていたが、京都での活躍が認められて松平容保からいただいたとされる「藤田五郎」という名前を生涯一番大切にしていた。

 時代遅れの新選組のそれも局長まで務めた斉藤一は、近藤や土方や多くの隊士が処刑や討ち死にをしたなか、会津戦争を生き抜き明治時代になるとなんと新政府に認められるようになった。その第一歩は会津藩の名家の娘と結婚して会津武士となったからだ。

 世が明治になると会津藩主松平容保は永久謹慎というから無期懲役という罰を受けるが会津藩は下北半島で斗南藩3万石に転封となる。斉藤一は斗南藩士として下北半島へ渡る。
とはいえいくら名門とはいえ現在は落ちぶれまくった斗南藩のこと、自力で働かないと暮らしていけず、奥さんや子供をつれて東京に移住した(明治7年)。

東京では、かつては新撰組として京都の治安維持目的のために取った杵柄とも言うべきか、警視庁に採用された。そして、ここで彼の命運を変える一大事件が発生する。西南戦争の勃発。

 明治新政府の要人だった西郷さんは、日本の有り余った軍事力(浪人)で朝鮮半島へ攻め込むことを提案する。しかし大久保利通から今は富国強兵に徹すべきだということで西郷は鹿児島へ帰り戦の準備を始めました。そして明治10年、西南戦争となり、この戦いで政府軍は数や武器などは西郷軍に比べてはるかに上回るものの、士気と近接での白兵戦戦闘能力が圧倒的に不足しており、それを補うため旧武士で腕の立つものを募集ないし徴兵したのです。

と言う事で斉藤本人の意思か、それとも新選組での経歴か殺人剣といわれた剣の腕が買われたのかは分かりませんが、かつての維新志士を討伐していた新撰組三番隊長斉藤一が、かつて戦った政府軍の一員として、かつての政府軍の司令官で現在は賊軍である西郷隆盛の軍と戦う事になります。

斉藤一は会津戦争で取った杵柄か、西南戦争で奮戦し大砲2門を奪うなど大活躍し、これにより新聞に載ったり政府から表彰と賞金をもらいました。その後、麻生警察署の警部として再復帰し20年近く勤め上げた後に退職しました。

その後は旧会津藩士が学長を勤める東京高等師範学校の守衛さん兼剣術指南役を務めました。そこでは「新撰組、最強」と言われるほどの剣の腕は晩年まで衰えておらず稽古の際に数人掛りで斉藤に挑んでも触れる事すらできずに逆にKOされるほどだったとか。

晩年に剣術の練習している若者に声をかけて剣術、特に「突き」のアドバイスを行いました。その訓練は、吊るした空き缶を当てるというもので、生徒たちが四苦八苦していたのを斉藤はあっさりと貫通させたとか、ちなみにその若者たちの中には昭和屈指の剣術家である山本忠次郎もいたとか。

守衛の職も退職して以降は近所の子供相手に剣術や武士の何たるかを教えるなどして悠々自適の老後を過ごし、1915年に72歳で亡くなりました。 その死に際しては座禅を組んだまま亡くなったと言われています。基本的に無口で感情をあまり表に出さない男ですが会津戦争の戦友と酒などを飲んだ際には涙を流してその悲憤慷慨を口にしていたとか。

さてさて、人間万事塞翁が馬とはこのことかと。

2016.04.04   えんてつ   編集

えんてつ さん

v-272
夜話に、なくてはならないワインをどうぞ (*^-^*)

このような夜話が聞けるのも、IT時代になったからこそ。
この時代を楽しむなら、他者を大きく受け止める姿勢でありなさい、ということですね。
今日は、我が家に集まり誕生日を祝う人がいて、じっくりと読む時間が取れず、まさに、ただいま夜話まっさかり中。


夜話-1 は、幕末から明治へと逆境を生き抜いた、斉藤一氏の話ですね。
斉藤一も藤田五郎も、初めて聞く名前です。
後世に語り継がれるべき一生だったように思いましたが、写真がなく、本人の画像は、長男・勉をもとに描かれた肖像画というのは意外でした。

えんてつさんが、人間万事塞翁が馬と結ばれるのは、
世渡り次第では立場を乗り越える、そんな生き方をした斉藤一氏である、と受け止めてよろしいですね?

戦いで命を落とすのは、やむを得ない時代。
しかし、あの時代だから、吉田松陰、橋本佐内らは、罪人として斬首。
そして時代がゆえに、近藤勇も斬首、という矛盾。

橋本佐内も、えんてつさんから教わって、初めて知った名前です。
たしか西郷さんが、肌身離さず手紙を持っていたという親友でしたね。
私は吉田松陰、橋本佐内が好きです。
幕末から明治~平成という時代の変化がなければ、えんてつさんも私も斬首ですね。
今なら、塞翁の馬は駿馬を、右と左、どちらに連れて帰るでしょうか、という私の感想でした。

2016.04.06   麦   編集

麦さん こんばんは。

美味しいワインで乾杯といきたいですね♪

斎藤一は、一度は会津で命を全うしようと決めたに違いありません。そして途中から時代の動きに逆らえなくなって、今度は生きることで命を全うしようと決めたと思います。
人間は迷わなければ強いということかも知れませんね。

幕末のような動乱、変革の時代に燃えると惜しみなく命を捧げるという一種の美意識のようなものが生まれるようです。

幕末、一般庶民は日本は江戸幕府が始まるずっと昔から鎖国をしていたと思っていました。
広島や長崎に原爆を投下したのは旧ソ連だと思っている人が多いのと同じです。特に過去の話として聞くだけの相手には歴史の改ざんが容易です。

わたしも松陰や佐内は大好きです。おおよそ話は週一ぐらいのペ-スで進めましょう。


2016.04.08   えんてつ   編集

えんてつ さん

v-273

夜明けのコーヒーをどうぞ(*^-^*)

土方歳三の代理まで務めた斎藤一が、その後も生き永らえることができたのはラッキーでしたね。
榎本武揚の、敗北後の運の良さを思い出しました。

>人間は迷わなければ強いということかも知れませんね。

決断力、ということですね。


この時代ですから、命を捧げるという美意識が通用するのでしょうけれど、死んだら終わりですよね。
白虎隊など、言語道断と言いたいくらい有り得ません。
松蔭にしろ、その精神には確かに美を感じます。

>歴史の改ざんが容易です。

意味不明(-_-;)
発掘調査や新たな文献の発見で、思いがけない歴史が変わっていってますよね。


こんな古い記事では、という疑問が(^^;)
一話、一夜限り、で楽しむだけなら、ともかく、貴重な記録として残したい歴史夜話を、どのように纏めようかと思案のしどころなり。


2016.04.09   麦   編集

麦さん こんばんは。

>歴史の改ざんが容易です。

文献などの古文書などの記録は、書き手の好都合なように書かれていることがままあります。
生身の人間は時として自分を正当化しようという欲望にかられることがあるので、歴史考証の際には資料の見方も重要だということです。
特に勝利者は事故の正当性を鵜呑みさせようとするし、人は長いものにまかれてしまうことがままあるという意味です。

新しい資料の発見は超重要でそれによって歴史の解釈が変わることは大いにありうることですが、これは改ざんではありません。

科学知識の進歩と歴史の新発見もおおいに関係があるのでそういうお話もしましょうね。

それから、軽く読み流していただくほうがわたしも気楽です♪

2016.04.10   えんてつ   編集

えんてつ さん

v-299

>歴史の改ざんが容易です。

そういうことですね、よく解りました。
私などは特に、長いものに巻かれやすいですから、、、(*´▽`*)

改ざんではなく、新たな史実により正す、ということでしょうか。

科学と歴史、相反する分野ですね~~~~~(^-^;

夜話は、軽く読み流すの肝要!
でしたね(*^-^*)

2016.04.10   麦   編集


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